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東京地方裁判所 平成5年(ワ)18272号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一八〇〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、六五三三万六四〇〇円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、抵当権者が、抵当権設定者の有する賃料債権につき、物上代位権を行使した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、東京ハウジング産業株式会社(以下「東京ハウジング」という。)に対し、平成二年九月二八日、三〇億円を次の約定で貸し付けた(甲三)。

弁済期 平成五年九月二八日

利率 年九・七パーセント

利息支払期日 借入日並びに毎年三月、六月、八月及び一二月の各二八日とし、前払いとする。

期限の利益喪失 債務の一つでも期限に弁済しなかったときは催告を要せず期限の利益を喪失する。

2  大協建設株式会社(以下「大協」という。)は、右同日、東京ハウジングとの間で、右の債務を担保するため、大協所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地につき、抵当権設定契約を締結し、その旨の抵当権設定登記手続をした(以下、右建物につき「本件抵当権」という。甲三、四、五)。

3  大協は、本件建物の各専有部分を各賃借人に賃貸していたが、平成五年一月一二日、被告(当時の商号は株式会社大昇)に対し、次の約定で右建物を一括して賃貸し、同月一三日、その旨の賃借権設定登記手続をした(以下「本件賃貸借契約」という。乙一、二、甲五)。

賃貸期間 定めなし

賃料 月額二〇〇万円

敷金 一億円(同月一四日支払済み、乙三)

特約 〈1〉譲渡、転貸ができる。

〈2〉大協は、既に賃貸している各賃借人との間の賃貸借契約を合意解除し、新たに転貸人である被告が各賃借人に対し契約解除に基づき明渡しをするか賃貸借契約を締結するか否かは、被告の意思表示によるものであることを確認する。

なお、大協と従前の各賃借人との賃貸借契約における平成三年三月二八日当時の賃料の合計額は、月額七二五万九六〇〇円である(甲一七)ところから、原告は、大協と被告との間の本件賃貸借契約の賃料も右と同額であると主張するが、乙一号証に照らして採用できない。

4  東京ハウジングは、平成三年三月二八日に支払うべき利息の支払を怠ったため、期限の利益を失った(弁論の全趣旨)。

東京地方裁判所は、債権者を原告、債務者を東京ハウジング、所有者を大協、第三債務者を被告とする同庁平成五年(ナ)第三七七号事件において、同年五月一〇日、原告の本件抵当権の物上代位に基づき、大協が被告に対して有する本件賃料債権のうち差押命令送達時以降に支払期にある分から請求債権額三八億六九七五万六一六二円に満つるまでの金額につき、債権差押命令を発し、右命令は、同月一四日に東京ハウジング及び大協に、同年六月一〇日に被告に送達された(当事者間に争いがない)。そして、原告は、平成六年六月二三日、差し押さえた賃料債権のうち、同年四月八日以降支払期にある分について債権差押命令の申立てを取り下げた(甲一二)。

なお、東京地方裁判所は、平成五年四月二〇日、本件建物につき競売開始決定をし、同日、差押の登記手続がされた(乙五)。

5  そこで、原告は、右賃料債権差押命令に基づき取立権を取得したとして、平成五年七月分から平成六年三月分までの賃料六五三三万六四〇〇円(本件賃貸借契約は、従前の賃貸借関係をそのまま承継したとして、従前賃料は月額七二五万九六〇〇円であると主張し、その九か月分)の支払を求める。

二  被告の主張

1  株式会社大心(以下「大心」という。)は、大協に対し、平成五年四月一九日、七〇〇〇万円を平成五年五月末日から平成八年四月末日まで三六回の元利均等払(利息年九パーセント)の約定で貸し付けた。

2  大協は、大心に対し、平成五年四月二〇日、右の債務の弁済に代えて、大協が被告に対して有する本件建物の賃料債権月額二〇〇万円の三年分合計七二〇〇万円を譲渡し、同日、被告が右譲渡を承諾し、その旨の債務弁済契約書を作成し、公証人による確定日付(平成五年四月二〇日付)を得た。

3  したがって、右確定日付は、前期賃料債権に対する物上代位による差押命令が被告に送達された同年六月一〇日に先行し、債権譲受人である大心が優先するので、原告は、本件建物の賃料債権を取り立てることはできない。

三  原告の反論

被告主張の1及び2については否認し(賃料債権の譲渡であるとしても、単なる譲渡担保にすぎない。)、仮に右1及び2のとおりであるとしても、〈1〉前記の賃料債権の差押えの効力が発生した以後の将来の賃料債権については、元利均等分割返済の定めがある以上、各月の賃料債権の譲渡の効力は、分割金の各返済期限の到来時に発生するものであるばかりでなく、そもそも将来の賃料債権の譲渡については、原告に対し、優先権を主張することができないと解すべきであり、〈2〉被告主張の1及び2の各合意は、原告による本件抵当権に基づく建物の競売手続及び物上代位に基づく賃料債権差押手続を妨害する不当な目的でされたものであるから、権利の濫用であり、債権譲渡による優先権を主張できない。また、被告主張の1及び2の合意は、通謀虚偽表示により無効である。

四  争点

1  被告主張の消費貸借契約及び債務弁済契約(代物弁済による債権譲渡)の有無。

2  差押えの効力発生後の将来の賃料債権についての優先関係

3  被告が債権譲渡の優先権を主張するのは権利の濫用か。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(乙六、七、八、九、一〇、一一、)によると、次の事実が認められる。

(一) 大心は、大協に対し、平成五年四月一九日、七〇〇〇万円を次の約定で貸し付け(同日、振込送金)、右の債務を担保するため、本件建物につき抵当権設定契約を締結し、東京法務局品川出張所平成五年四月二〇日受付第九四九八号をもって抵当権設定仮登記手続がなされ、更に同日、公証人役場において右消費貸借契約につき債務弁済契約公正証書を作成した。

弁済期 平成五年五月から平成八年四月までの間、毎月末日の三六回払

各回の支払額 二二二万五九八一円の元利均等払

利息 年九パーセント

損害金 年一五パーセント

(二) 大心、大協及び被告は、平成五年四月二〇日、右の債務の弁済方法につき新たに、〈1〉大心の右七〇〇〇万円の債権及び年九パーセントにて換算の利息年六三〇万円の三年間分一八九〇万円合計八八九〇万円と、大協が被告より毎月受け取るべき月額二〇〇万円の賃料の平成五年五月三〇日から平成八年四月三〇日までの三年間分七二〇〇万円を相殺すること、〈2〉大心は、何らかの事由により本件建物の賃料が遅延又は契約解除等により支払不能の場合においても、右の相殺により大協の債務は既に消滅しており、大心は一切の異議を、申し立てない、〈3〉被告は、平成五年五月末日から毎月賃料二〇〇万円を大心の指定する金融機関に振り込むこと、を内容とする債務弁済契約書(乙九)を右三者記名押印の上で作成し、同日付けの公証人による確定日付を得た。

2  右の債務弁済契約書には相殺という表現が用いられているが、民法五〇五条所定の相殺でないことは明らかであり、三者間の相殺合意であるとしても、各債務者が対当額につき債務を免れるという関係も存在しないので、合理的な意思解釈をする必要がある。大心の意思は、大協に貸し付けた七〇〇〇万円については、大協の被告に対する毎月の賃料によって回収しようということであり、これを大協及び被告が承諾したと解することができ、結局、大心の大協に対する七〇〇〇万円の債務の弁済に代えて(代物弁済として)、大協の被告に対する賃料債権を譲渡したと解釈するのが合理的である。

二  争点2について

抵当権については、民法三七二条、三〇四条一項により目的不動産の賃料債権についても物上代位権を行使することができるところ、同条但書所定の差押えより前に、右目的債権が弁済され、又は目的債権を譲り受けて第三者対抗要件を具備した第三者、もしくは目的債権につき転付命令を得た第三者が存在するときは、抵当権者は、これらの者に対し、優先権を主張することができないと解すべきである(最高裁昭和六〇年七月一九日第二小法廷判決・民集三九巻五号一三二六頁参照)。

また、将来発生する債権であっても、既にその発生の基礎である法律関係が存在し、かつその内容が明確なものについてはこれを譲渡することができ、有効に譲渡の通知・承諾をすることができる(最高裁昭和五三年一二月一五日第二小法廷判決・判例時報九一六号二五頁参照)。

本件においては、前記認定のとおり、大協から大心に対し、平成五年四月二〇日、本件賃貸借契約に基づく三年分の賃料債権が譲渡され、同日債務者である被告がこれを承諾しており、第三者対抗要件を具備しているところ、原告が抵当権の物上代位に基づく賃料債権の差押命令を得て、これが被告に送達されたのは同年六月一〇日であるから、原告は、本件建物の賃料債権を取り立てることはできないことになる。

三  争点3について

1  第二の一の1及び2のとおり、原告は、東京ハウジングに対し、平成二年九月二八日、三〇億円を融資し、本件抵当権を設定していたが、東京ハウジングは、平成四年一二月三一日、銀行取引停止処分を受けて倒産した(甲一六)。

それから間もなく、大協は、被告に対し、平成五年一月一二日、本件賃貸借契約を締結したが、その際、従前の各賃借人の賃料の合計は月額七〇七万一七六二円で、敷金の合計は三一〇〇万二〇〇〇円であった(乙一)ものを、賃料月額二〇〇万円と極めて低額にし、その代わり敷金を一億円とすると共に、本件賃貸借契約の特約〈2〉の合意をしているので、右賃貸借契約は、短期賃貸借契約として、一応保護されるものの、本件建物の競売手続における売却価額を著しく低下させ、抵当権者に損害を及ぼす可能性が大きいものといわざるを得ない。

2  平成五年二月中旬ころ及び同月一六日ころ、大協の代表取締役である加來伸夫が原告会社を訪れ本件抵当権等に関する協議がもたれたが、交渉は決裂した(甲一六、証人内田純一)。その後、原告は、平成五年四月二〇日、前記のとおり本件建物につき競売開始決定を得て、同日差押の登記手続がされたところ、大心は、大協に対し、平成五年四月一九日から二〇日にかけて、第三の一の1の(一)及び(二)のとおり七〇〇〇万円の消費貸借契約及び債務弁済契約を締結したものである。この時期は、原告が、本件建物の競売及び抵当権の物上代位に基づく賃料債権の差押えによって債権の回収を図ることが十分予想されていたのであり、大心は、大協に対し、あえて七〇〇〇万円を融資し、翌日、大協は、大心に対し、本件賃貸借契約に基づく賃料債権を譲渡したもので、将来の三年分の賃料を本件抵当権を有する原告に取得させない意図を持ってしたことは明らかである。

なお、右債務弁済契約は、第三の一の1の(二)の〈1〉及び〈2〉のとおり大心に明らかに不利な内容となっており、不可解である。

3  大協の代表取締役である加來伸夫と被告のゼネラルマネージャーである市川康雄は二〇年来の付き合いがあり、安楽岡久治郎は大心の代表取締役であり、かつ被告の取締役であり、安楽岡よし子は大心及び被告の取締役という関係にある(甲五、六)。

4  以上の各事実を総合すると、右の消費貸借契約及び債務弁済契約は、大協、大心及び被告が相談の上、原告の債権回収を妨害する目的をもってなされたものと推認することができるから、被告が、大協と大心間の債権譲渡を理由に原告の前記の物上代位に基づく賃料債権の差押えは被告に対抗できないと主張するのは、権利の濫用に当たるものというべきである。

四  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、平成五年七月分から平成六年三月分までの賃料一八〇〇万円(月額二〇〇万円の九か月分)の支払を求める限度で理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

所在 東京都品川区西五反田四丁目五六七番地三

家屋番号 五六七番三の二

種類 共同住宅店舗倉庫

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建

床面積 一階 四〇四・一〇m2

二階 二九七・一一m2

三階 三一七・九〇m2

四階 三〇七・五一m2

五階 二八九・一一m2

地下一階 二五八・一三m2

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